雷館
高野佐三郎が技法五十種

劍道では、或一二の特に熟練した得意の技を持つてゐることは、頗る有利なものであるが、得意な技に偏して、技に變化がなかつたり、他の技に不熟練なのは宜しくない。種々なる技法に習熟して、場合に應じて巧みに之を用ふるやうにしなければならぬ。次に最も基本的で、且普通に應用し得る技五十種を擧げる。漸次是等の技法を試み、之を習熟するやうに努むべきである。



其の一 面十八種


攻込み面
敵を下段・中段又は上段等にて攻込み、隙を見て面を撃つ。

出頭面
互に下段・中段等にて相對し、敵の進まんとする出頭の面を撃つ。

正撃面
敵が中段に構へて居り、下段に直す瞬間正撃面を撃つ。

半身撃面
我は上段、敵は下段等にて敵より突き來るを、左若しくは右に披き、半身になつて敵の太刀を外し、左若しくは右片手にて敵の半面を撃つ。

諸手正面
互に下段・中段等にて相對して居る時、敵が我が右籠手へ撃つて来るのを、體を敵の左に披き、我が籠手を外し、半身體となつて敵の正面を撃つ。

抜面
互に下段・中段等にて相對して居り、敵が我が右籠手へ撃つて来る時、左足より一歩退き、受止めずして抜き、其の儘諸手にて太刀を半ば振上げ撃つ。

諸手上段面
敵が下段或は中段等に守つて居るのを、上段より隙を見て面を撃つ。場合により敵の籠手を撃つこともある。此の撃方は敵の出端を撃つのが宜しい。

片手上段面
敵が上段・中段等に守つて居るのを、右又は左の片手上段より面を撃つ。時により籠手を撃つこともある。

左相上段面
雙方共に左上段にて相對して居る時、上段より面を撃つ。時により籠手を撃つこともある。機の熟するを待ち、敵より撃ち來らんとする所を撃つのが宜しい。

右相上段面
彼我同じ右相上段にて相對して居る時,上段より面を撃つ。時により籠手を撃つこともある。其の他前項の通り。

摺上面
互に下段又は中段に構へて相對して居る時,敵より我が面に撃ち來るを、上段に摺上げ面を撃つ。

應じ返し面
雙方右と同じ構にある時、敵より我が面に撃ち來るを受流し、其の儘應じ返しに面を撃つ。時により籠手を撃つ。

巻落し面
雙方右と同じ構にて相對して居る時,敵より我が面へ撃ち來るを、右又は左に巻落し面を撃つ。

張面
雙方右と同じ構にて相對して居る時,敵の太刀の中央部を張り、其の儘面を撃つ。

手面
雙方右と同じ構にて相對して居る時,敵より我が面へ撃ち來るを、其の右籠手を押へ、其の儘一歩踏込み、てを伸ばして面を撃つ。

攻籠手面
雙方右と同じ構にて相對して居る時,敵の右籠手を撃たんと攻め、敵が其の籠手を防ぐ所を、透さず飛び込み面を撃つ。

竹刀押へ面
敵中段、我は下段に構へ相對して居り、敵より我が面へ撃ち來るを、其の太刀の中柄を押へ、敵の構の崩れると同時に、半ば振上げ諸手にて面を撃つ。

捨身面
敵中段、我は下段に構へ相對して居る時、此方より敵の右籠手を攻める。敵が中段の構を下段に直し防がんとする所を、透さず身を捨て飛び込み、手を十分に伸ばして面を撃つ。


其の二 突十三種


基本練習 突方


前突

両手をを一様に絞り、體を進めると同時に両腕を伸ばし、敵の咽喉部を突く。


表突

両手を絞り、刃を稍右方に向け、同時に両腕を伸ばし、敵の表(左方)より體を進めると同時に咽喉部を突く。少しく右斜前方に右足より進み、左足の之に伴ふことが肝要である。


裏突

両手を絞り、刃を稍左方に向け、両腕を伸ばし、敵の裏(右方)より少しく左斜前方に體を進めると同時に咽喉部を突く。


• • •


前突
諸手にて前より敵を突く。

片手突
片手にて表又は裏より敵を突く。

二段突
互に下段或は中段にて構へて居る時、我より右籠手を撃たんとせめ、敵下段に應じ防ぐ所を裏より突く。

切落突
互に中段にて相對して居る時,敵より突き来り、或は撃ち來るを、切落し諸手にて突く。

表片手突
雙方右と同じ構にある時、敵が太刀を下段に下げろ所を見すまし、左片手にて表より突く。

裏突
雙方右と同じ構にある時、敵の太刀を右より押へ、諸手にて突く。

入突
雙方下段の構にて相對して居る時、敵より突き来るを、手を返して引入れ、突き返して突く。

籠手押前突
敵中段、我は下段にて相對して居る時、敵の右籠手を撃ち、表より敵の太刀の鍔元を押へ、其の儘突き込む。

出頭突
敵下段、我は中段にて相對し、敵より進まんとする頭を、諸手にて太刀を眞直に向へ伸ばせば、敵より自然に突き掛る。

上段變化突
敵下段,我は左上段にて敵より進まんとする頭を、上段より其の太刀を誘ひ引入れ突く。

巻落突
互に下段中段等にて相對し居るを、敵より我が面に撃ち來る時、右或は左へ巻落し突く。

拔突
雙方同前の構にて相對し居る時、敵より我が面へ撃ち來るを、左又は右斜に體を抜き、敵の太刀下を潛り抜け、咽喉部を突く。

突返突
雙方右と同じ構にて相對し居る時、敵より此方へ突き來るを、手を返して刃を敵の左に向け、突き返し突く。


其の三 籠手十二種


基本練習 籠手の撃方


籠手撃

兩臂の間から敵の籠手の見える程振上げて、正面から籠手へ撃込む。右足から進み、左足は之に伴ふのであるが、腹で進む心持で進むことが肝要である。籠手撃の場合は、手先だけで撃つやうになり易いからである。


巻籠手撃

手元で小圓を描く心持で、切先で巻込むやうに敵の右籠手に撃込む。足の運方は前と同様。


抜籠手撃

左足を左方に踏出し、右足も之に伴つて左足の前に進め,劍尖は敵刀の下から半圓を描き、初歩の間は大きく抜き、敵の右籠手に撃込む。


• • •


應用籠手
敵中段、我は下段にて相對し居る時、敵の太刀の中程を押す。敵は押されまいと押し返すのを、押されつゝ其の刀を利用し、敵の太刀を外し、敵の太刀の下より巻籠手に籠手を撃つ。

擔ぎ籠手
互に下段・中段等にて相對して居る時、太刀を左肩に取り、敵の右籠手を横筋違に撃つ。

上籠手
雙方右と同じ構にて相對して居る時、敵が上段に構へんと上ぐる所を透さず撃つ。

出頭籠手
雙方下段構相對して居る時、敵より我が面或は籠手を撃たんとする出頭の籠手を撃つ。

摺上籠手
雙方下段・中段等の構にて相對して居り、敵より我が面の撃ち來るを、我が太刀を右肩に取り、摺上げて敵の右籠手を撃つ。

突沸籠手
雙方同前の構、敵より左片手にて此方に突き來るを左に拂ひ除け、敵の右籠手を撃つ。

上段籠手
敵下段又は中段、我は上段にて面を撃たんとする色を示せば、敵が下がれば内籠手を撃つ。

右上段籠手
右上段に構へて居るのを、敵が中段又は下段より我が籠手或は面へ撃つて来る時、左足より一歩退き、大きく抜き、敵の太刀を外し、一歩踏込み右籠手を撃つ。

誘籠手
互に下段或は中段の構にて相對して居る時、敵の右籠手を撃たんと色を示せば、敵も必ず其の籠手に撃つて来るものである。それを受け、拂ひなどして敵の右籠手を撃つ。

止籠手
前項の通りに構へ、敵より我が右籠手へ撃つて来るのを、鍔元にて受止め、其の儘小さく敵の右籠手を撃つ。間合により物打の鎬にて摺上げ撃つても宜しい。

折敷籠手
前項の通りに構へ、敵より我が面へ撃つて来るのを、左の膝を突き、折敷いて撃つ。

巻籠手
雙方右と同じ構、敵より我が籠手を撃たんとする所を下より巻き、小さく籠手を撃つ。


其の四 胴七種


基本練習 胴の撃方

右胴

兩臂の間より敵胴の見える程振冠り,左足から稍左斜前方に進み,右足は之に伴ひ、斜左上から兩臂を伸ばして敵の右胴に撃込む。此の場合,兩腕の交叉點は體の中央前に來るやうにし、且兩腕で抱き挾み、刀の動搖せぬやうに心掛ける。刃は右に向ける。


左胴

兩臂の間より敵胴の見える程振冠り,右足から右斜前方に進み,左足は之に伴ひ、斜右上から兩臂を伸ばして敵の左胴に撃込む。刃は左に向ける。


• • •


摺上胴
敵上段又は中段に構へ、我は中段又は下段に構へて相對し居る時、敵より我が面へ撃込み來るを、摺上げ、折敷きながら胴を撃つ。

折敷胴
互に下段・中段等に構へ相對し居る時、敵より我が面へ撃込み來る。其の太刀に構はずして、迅速に摺れ違ひつゝ折敷き胴を撃つ。

立胴
前項の通りに構へ、敵より我が面へ飛び込み手を伸ばして撃ち来るを、其の太刀に構はず如何にも早く胴に抜け、折敷きを爲さず立ちながら撃つ。

片手面胴
前項の通りに構へ、敵より突いて来るのを、體を敵の左に披き、片手にて敵の左半面を撃ち、又は手を返へして敵の右胴を撃つ。

面籠手胴
互に中段の構にて相對して居る時、敵中段より下段に下げんとする所を、一歩踏込み正面を撃ち、一歩退きて籠手を撃ち、左足を踏出し手を返して敵の左胴を撃つ。

鍔糶胴
互に鍔糶合となつた時、隙を見て立ちながら胴を撃つ。敵を押す時敵も亦押し返す。其の伸びたる手の下より撃つことがある。之は敵の力を利用する撃方である。

籠手懸胴
敵上段、我は下段・中段等にて敵の籠手を撃たんとする色を示せば、敵が其の太刀を避けんとする所を迅速に飛び込み撃つ。


其の五 鍔糶合と體當り


仕合心得


鍔糶合

(一)離方
敵に接近して鍔糶合となつた時は、速に離れるやうにする。離れ際が大切であつて、必ず敵の?を撃つて引くか、太刀を押へて、敵に手の出せぬやうにして、迅速に引き離れるのである。此の心得なくして、空しく引く時は、敵に乘ぜられ敗を取ることになるのである。

(二)鍔糶合の心得
鍔糶合となつた時は、身體の縮らぬやうに足腰を伸ばし、頭を起し、敵の顏と我が顏とを並べて丈較べをしても、敵に較べ勝つと思ふ程丈を高くして、强く敵の懐に入り込むのである。之によつて我が心の勇猛强固なることを敵に示し、敵を畏縮せしめるのである。此の心得があれば如何に深く入り込んでも、四肢が伸び々々として、動作も敏速自在になるのである。外形だけでなく、氣分で敵を押へることが必要である。

• • •


體當り

(一)體當りの方法
體當りといふは、我が身體を以て敵の身體に衝き當たり、敵を突き退け、突き倒し、後撃せしめざる方法である。撃込むと同時に少しく顏を左に側め、右肩を出し、强く弾力あるやうに敵の胸に當たり、同時に雙拳を以て敵の腭に向つて掬ひ上げ、突き倒すのである。熟練すれば敵を二三間も突き退け、突き倒し得るものである。體當たりをすれば敵は突き倒されまいとして、何處かに隙の出來るものである。其の機を逸せず撃込むのである。

(二)體當りの受方
敵が當つた來る時は、體を躱して之を避け、又は「入れ當たり」と稱して、我が體を一旦縮めて復た伸ばして敵に當たる。敵が强く烈しく當つて來ても、之を柔かに受けて突き外し、如何なる大力の者が突き掛けて來ても、平然として突き外し、突き返し得るやうに鍛錬すべきである。敵が强く突いて來る時には、右にでも左にでも、我が體を稍斜にして受ける時は凌ぎ易い。體當たりは平生からよく練習して置くべきである。


其の六 組打


(一)劍を打落し又は打落された場合
組打は敵から組み附いて來る時、又は劍を打落された場合に行ふものである。敵の劍を打落した場合には、其の機に乘じ直に撃込むのである。若し撃ち遲れたなら、敵を近寄らせず、壓迫して行く。我が劍を撃落された場合には、敵が次の技を起さない間に、直に飛び込んで組み附くのである。直に飛び込めぬ場合は一時飛び退き、隙を見て飛び込ものである。

(二)組打の方法
昔の合戰では遠くからは弓矢で戰ひ、近づいては槍・薙刀・太刀などの打物を取つて渡り合ひ、それで勝負の附かぬ時は、敵を組み敷き、押へ込み、右手差を抜いて鎧の隙間を差し通し、首を掻いたのである。それに倣つて組打の場合は、敵を組み敷いて、腕を逆に取るか、面を捻つて動かぬやうにするか、或は面を捻り取るのである。劍道は劍を執つての技であるから、止むを得ざる場合の外は、組打を避けるが宜しい。我が强力を恃んで、弱い者に强ひて組み附き、組打を挑むのは宜しくない。敵が劍を打落した場合、直に撃込むことが出來なかつたならば、少しも油斷なく心で敵を壓し、然る後に拾ひ取らせるのである。昔は打物取つて勝負の附かぬ時、若しくは一方が太刀打折つて、大手を擴げ組打を挑んで來る時は、組んで利なきは明かであつても、直に之に應じ討死するを習としたのである。名を重んじ、恥を思ふ武士の襟懐まことに仰ぐべきものがある。敵の劍を撃落した場合、氣合を抜かず、許す所なく直に撃込むのが劍道の法であるが、敵の劍を落せるに附け込んで、所嫌わず撃込み、勝を得んと焦るが如きは見苦しき限りである。

(三)劍道と柔道
けれども、平生組打の練習をして置くことも亦必要である。若し劍を打落さるゝか、敵より組み附いて來る時、組打の心得がなければ、劍の技には巧みであつても、見苦しい敗を取ることになるであらう。又暴漢等に遭遇し、止むを得ず格鬪する場合に、其の心得あれば役に立つことが多いのである。劍道と柔道とは全く別々のものではない。此の二つは譬へば簔と笠のやうなもので、一つだけでは滿足なものといへない。故に剣道を學ぶにも、機會あれば柔道をも練習して置くべきである。

(四)足搦
尚こゝに足搦の法に就いて述べて置き度い。足搦の技に熟して居る時は、敵の氣を奪ひ、擔を寒からしむることが出來る。此の技を行ふには、敵に接近して、彼我の身體が相接觸する程にならなければ、十分に効を奏しない。其の方法は、我が左足を敵の右足の外踝に掛け、敵の脚を强く拂ふと同時に、我が太刀を敵の左頸筋に當てて强く押すのである。此の外、種々の方法がある。敵から足搦を掛けられた時は、敵の中柄、或は襦袢を捉へて立直るのである。又敵から掛けられた時も、前に突進すれば却つて敵を倒すことが出來る。決して後へは引かぬことである。又敵が足搦を掛けようとするのを察知した時には、却つて此方から掛けるやうにする。すべて足搦を行ふ時には、敵の身體が浮付いて、所謂死腰になつた時を見て掛くべきである。無理に試みる時は我が體勢を亂し、敵に乗ぜられのである。足に十分力を入れ、强く敵の脚に掛けなければならぬが、同時に腕で押す力が入らなければ役に立たぬ。 腕と脚と相伴つて掛くから、敵を顚倒させ、我が體勢も崩れることなく泰然たるを得るのである。

— 高野佐三郎

高野佐三郎が技法五十種

劍道では、或一二の特に熟練した得意の技を持つてゐることは、頗る有利なものであるが、得意な技に偏して、技に變化がなかつたり、他の技に不熟練なのは宜しくない。種々なる技法に習熟して、場合に應じて巧みに之を用ふるやうにしなければならぬ。次に最も基本的で、且普通に應用し得る技五十種を擧げる。漸次是等の技法を試み、之を習熟するやうに努むべきである。



其の一 面十八種


攻込み面
敵を下段・中段又は上段等にて攻込み、隙を見て面を撃つ。

出頭面
互に下段・中段等にて相對し、敵の進まんとする出頭の面を撃つ。

正撃面
敵が中段に構へて居り、下段に直す瞬間正撃面を撃つ。

半身撃面
我は上段、敵は下段等にて敵より突き來るを、左若しくは右に披き、半身になつて敵の太刀を外し、左若しくは右片手にて敵の半面を撃つ。

諸手正面
互に下段・中段等にて相對して居る時、敵が我が右籠手へ撃つて来るのを、體を敵の左に披き、我が籠手を外し、半身體となつて敵の正面を撃つ。

抜面
互に下段・中段等にて相對して居り、敵が我が右籠手へ撃つて来る時、左足より一歩退き、受止めずして抜き、其の儘諸手にて太刀を半ば振上げ撃つ。

諸手上段面
敵が下段或は中段等に守つて居るのを、上段より隙を見て面を撃つ。場合により敵の籠手を撃つこともある。此の撃方は敵の出端を撃つのが宜しい。

片手上段面
敵が上段・中段等に守つて居るのを、右又は左の片手上段より面を撃つ。時により籠手を撃つこともある。

左相上段面
雙方共に左上段にて相對して居る時、上段より面を撃つ。時により籠手を撃つこともある。機の熟するを待ち、敵より撃ち來らんとする所を撃つのが宜しい。

右相上段面
彼我同じ右相上段にて相對して居る時,上段より面を撃つ。時により籠手を撃つこともある。其の他前項の通り。

摺上面
互に下段又は中段に構へて相對して居る時,敵より我が面に撃ち來るを、上段に摺上げ面を撃つ。

應じ返し面
雙方右と同じ構にある時、敵より我が面に撃ち來るを受流し、其の儘應じ返しに面を撃つ。時により籠手を撃つ。

巻落し面
雙方右と同じ構にて相對して居る時,敵より我が面へ撃ち來るを、右又は左に巻落し面を撃つ。

張面
雙方右と同じ構にて相對して居る時,敵の太刀の中央部を張り、其の儘面を撃つ。

手面
雙方右と同じ構にて相對して居る時,敵より我が面へ撃ち來るを、其の右籠手を押へ、其の儘一歩踏込み、てを伸ばして面を撃つ。

攻籠手面
雙方右と同じ構にて相對して居る時,敵の右籠手を撃たんと攻め、敵が其の籠手を防ぐ所を、透さず飛び込み面を撃つ。

竹刀押へ面
敵中段、我は下段に構へ相對して居り、敵より我が面へ撃ち來るを、其の太刀の中柄を押へ、敵の構の崩れると同時に、半ば振上げ諸手にて面を撃つ。

捨身面
敵中段、我は下段に構へ相對して居る時、此方より敵の右籠手を攻める。敵が中段の構を下段に直し防がんとする所を、透さず身を捨て飛び込み、手を十分に伸ばして面を撃つ。


其の二 突十三種


基本練習 突方


前突

両手をを一様に絞り、體を進めると同時に両腕を伸ばし、敵の咽喉部を突く。


表突

両手を絞り、刃を稍右方に向け、同時に両腕を伸ばし、敵の表(左方)より體を進めると同時に咽喉部を突く。少しく右斜前方に右足より進み、左足の之に伴ふことが肝要である。


裏突

両手を絞り、刃を稍左方に向け、両腕を伸ばし、敵の裏(右方)より少しく左斜前方に體を進めると同時に咽喉部を突く。


• • •


前突
諸手にて前より敵を突く。

片手突
片手にて表又は裏より敵を突く。

二段突
互に下段或は中段にて構へて居る時、我より右籠手を撃たんとせめ、敵下段に應じ防ぐ所を裏より突く。

切落突
互に中段にて相對して居る時,敵より突き来り、或は撃ち來るを、切落し諸手にて突く。

表片手突
雙方右と同じ構にある時、敵が太刀を下段に下げろ所を見すまし、左片手にて表より突く。

裏突
雙方右と同じ構にある時、敵の太刀を右より押へ、諸手にて突く。

入突
雙方下段の構にて相對して居る時、敵より突き来るを、手を返して引入れ、突き返して突く。

籠手押前突
敵中段、我は下段にて相對して居る時、敵の右籠手を撃ち、表より敵の太刀の鍔元を押へ、其の儘突き込む。

出頭突
敵下段、我は中段にて相對し、敵より進まんとする頭を、諸手にて太刀を眞直に向へ伸ばせば、敵より自然に突き掛る。

上段變化突
敵下段,我は左上段にて敵より進まんとする頭を、上段より其の太刀を誘ひ引入れ突く。

巻落突
互に下段中段等にて相對し居るを、敵より我が面に撃ち來る時、右或は左へ巻落し突く。

拔突
雙方同前の構にて相對し居る時、敵より我が面へ撃ち來るを、左又は右斜に體を抜き、敵の太刀下を潛り抜け、咽喉部を突く。

突返突
雙方右と同じ構にて相對し居る時、敵より此方へ突き來るを、手を返して刃を敵の左に向け、突き返し突く。


其の三 籠手十二種


基本練習 籠手の撃方


籠手撃

兩臂の間から敵の籠手の見える程振上げて、正面から籠手へ撃込む。右足から進み、左足は之に伴ふのであるが、腹で進む心持で進むことが肝要である。籠手撃の場合は、手先だけで撃つやうになり易いからである。


巻籠手撃

手元で小圓を描く心持で、切先で巻込むやうに敵の右籠手に撃込む。足の運方は前と同様。


抜籠手撃

左足を左方に踏出し、右足も之に伴つて左足の前に進め,劍尖は敵刀の下から半圓を描き、初歩の間は大きく抜き、敵の右籠手に撃込む。


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應用籠手
敵中段、我は下段にて相對し居る時、敵の太刀の中程を押す。敵は押されまいと押し返すのを、押されつゝ其の刀を利用し、敵の太刀を外し、敵の太刀の下より巻籠手に籠手を撃つ。

擔ぎ籠手
互に下段・中段等にて相對して居る時、太刀を左肩に取り、敵の右籠手を横筋違に撃つ。

上籠手
雙方右と同じ構にて相對して居る時、敵が上段に構へんと上ぐる所を透さず撃つ。

出頭籠手
雙方下段構相對して居る時、敵より我が面或は籠手を撃たんとする出頭の籠手を撃つ。

摺上籠手
雙方下段・中段等の構にて相對して居り、敵より我が面の撃ち來るを、我が太刀を右肩に取り、摺上げて敵の右籠手を撃つ。

突沸籠手
雙方同前の構、敵より左片手にて此方に突き來るを左に拂ひ除け、敵の右籠手を撃つ。

上段籠手
敵下段又は中段、我は上段にて面を撃たんとする色を示せば、敵が下がれば内籠手を撃つ。

右上段籠手
右上段に構へて居るのを、敵が中段又は下段より我が籠手或は面へ撃つて来る時、左足より一歩退き、大きく抜き、敵の太刀を外し、一歩踏込み右籠手を撃つ。

誘籠手
互に下段或は中段の構にて相對して居る時、敵の右籠手を撃たんと色を示せば、敵も必ず其の籠手に撃つて来るものである。それを受け、拂ひなどして敵の右籠手を撃つ。

止籠手
前項の通りに構へ、敵より我が右籠手へ撃つて来るのを、鍔元にて受止め、其の儘小さく敵の右籠手を撃つ。間合により物打の鎬にて摺上げ撃つても宜しい。

折敷籠手
前項の通りに構へ、敵より我が面へ撃つて来るのを、左の膝を突き、折敷いて撃つ。

巻籠手
雙方右と同じ構、敵より我が籠手を撃たんとする所を下より巻き、小さく籠手を撃つ。


其の四 胴七種


基本練習 胴の撃方

右胴

兩臂の間より敵胴の見える程振冠り,左足から稍左斜前方に進み,右足は之に伴ひ、斜左上から兩臂を伸ばして敵の右胴に撃込む。此の場合,兩腕の交叉點は體の中央前に來るやうにし、且兩腕で抱き挾み、刀の動搖せぬやうに心掛ける。刃は右に向ける。


左胴

兩臂の間より敵胴の見える程振冠り,右足から右斜前方に進み,左足は之に伴ひ、斜右上から兩臂を伸ばして敵の左胴に撃込む。刃は左に向ける。


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摺上胴
敵上段又は中段に構へ、我は中段又は下段に構へて相對し居る時、敵より我が面へ撃込み來るを、摺上げ、折敷きながら胴を撃つ。

折敷胴
互に下段・中段等に構へ相對し居る時、敵より我が面へ撃込み來る。其の太刀に構はずして、迅速に摺れ違ひつゝ折敷き胴を撃つ。

立胴
前項の通りに構へ、敵より我が面へ飛び込み手を伸ばして撃ち来るを、其の太刀に構はず如何にも早く胴に抜け、折敷きを爲さず立ちながら撃つ。

片手面胴
前項の通りに構へ、敵より突いて来るのを、體を敵の左に披き、片手にて敵の左半面を撃ち、又は手を返へして敵の右胴を撃つ。

面籠手胴
互に中段の構にて相對して居る時、敵中段より下段に下げんとする所を、一歩踏込み正面を撃ち、一歩退きて籠手を撃ち、左足を踏出し手を返して敵の左胴を撃つ。

鍔糶胴
互に鍔糶合となつた時、隙を見て立ちながら胴を撃つ。敵を押す時敵も亦押し返す。其の伸びたる手の下より撃つことがある。之は敵の力を利用する撃方である。

籠手懸胴
敵上段、我は下段・中段等にて敵の籠手を撃たんとする色を示せば、敵が其の太刀を避けんとする所を迅速に飛び込み撃つ。


其の五 鍔糶合と體當り


仕合心得


鍔糶合

(一)離方
敵に接近して鍔糶合となつた時は、速に離れるやうにする。離れ際が大切であつて、必ず敵の?を撃つて引くか、太刀を押へて、敵に手の出せぬやうにして、迅速に引き離れるのである。此の心得なくして、空しく引く時は、敵に乘ぜられ敗を取ることになるのである。

(二)鍔糶合の心得
鍔糶合となつた時は、身體の縮らぬやうに足腰を伸ばし、頭を起し、敵の顏と我が顏とを並べて丈較べをしても、敵に較べ勝つと思ふ程丈を高くして、强く敵の懐に入り込むのである。之によつて我が心の勇猛强固なることを敵に示し、敵を畏縮せしめるのである。此の心得があれば如何に深く入り込んでも、四肢が伸び々々として、動作も敏速自在になるのである。外形だけでなく、氣分で敵を押へることが必要である。

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體當り

(一)體當りの方法
體當りといふは、我が身體を以て敵の身體に衝き當たり、敵を突き退け、突き倒し、後撃せしめざる方法である。撃込むと同時に少しく顏を左に側め、右肩を出し、强く弾力あるやうに敵の胸に當たり、同時に雙拳を以て敵の腭に向つて掬ひ上げ、突き倒すのである。熟練すれば敵を二三間も突き退け、突き倒し得るものである。體當たりをすれば敵は突き倒されまいとして、何處かに隙の出來るものである。其の機を逸せず撃込むのである。

(二)體當りの受方
敵が當つた來る時は、體を躱して之を避け、又は「入れ當たり」と稱して、我が體を一旦縮めて復た伸ばして敵に當たる。敵が强く烈しく當つて來ても、之を柔かに受けて突き外し、如何なる大力の者が突き掛けて來ても、平然として突き外し、突き返し得るやうに鍛錬すべきである。敵が强く突いて來る時には、右にでも左にでも、我が體を稍斜にして受ける時は凌ぎ易い。體當たりは平生からよく練習して置くべきである。


其の六 組打


(一)劍を打落し又は打落された場合
組打は敵から組み附いて來る時、又は劍を打落された場合に行ふものである。敵の劍を打落した場合には、其の機に乘じ直に撃込むのである。若し撃ち遲れたなら、敵を近寄らせず、壓迫して行く。我が劍を撃落された場合には、敵が次の技を起さない間に、直に飛び込んで組み附くのである。直に飛び込めぬ場合は一時飛び退き、隙を見て飛び込ものである。

(二)組打の方法
昔の合戰では遠くからは弓矢で戰ひ、近づいては槍・薙刀・太刀などの打物を取つて渡り合ひ、それで勝負の附かぬ時は、敵を組み敷き、押へ込み、右手差を抜いて鎧の隙間を差し通し、首を掻いたのである。それに倣つて組打の場合は、敵を組み敷いて、腕を逆に取るか、面を捻つて動かぬやうにするか、或は面を捻り取るのである。劍道は劍を執つての技であるから、止むを得ざる場合の外は、組打を避けるが宜しい。我が强力を恃んで、弱い者に强ひて組み附き、組打を挑むのは宜しくない。敵が劍を打落した場合、直に撃込むことが出來なかつたならば、少しも油斷なく心で敵を壓し、然る後に拾ひ取らせるのである。昔は打物取つて勝負の附かぬ時、若しくは一方が太刀打折つて、大手を擴げ組打を挑んで來る時は、組んで利なきは明かであつても、直に之に應じ討死するを習としたのである。名を重んじ、恥を思ふ武士の襟懐まことに仰ぐべきものがある。敵の劍を撃落した場合、氣合を抜かず、許す所なく直に撃込むのが劍道の法であるが、敵の劍を落せるに附け込んで、所嫌わず撃込み、勝を得んと焦るが如きは見苦しき限りである。

(三)劍道と柔道
けれども、平生組打の練習をして置くことも亦必要である。若し劍を打落さるゝか、敵より組み附いて來る時、組打の心得がなければ、劍の技には巧みであつても、見苦しい敗を取ることになるであらう。又暴漢等に遭遇し、止むを得ず格鬪する場合に、其の心得あれば役に立つことが多いのである。劍道と柔道とは全く別々のものではない。此の二つは譬へば簔と笠のやうなもので、一つだけでは滿足なものといへない。故に剣道を學ぶにも、機會あれば柔道をも練習して置くべきである。

(四)足搦
尚こゝに足搦の法に就いて述べて置き度い。足搦の技に熟して居る時は、敵の氣を奪ひ、擔を寒からしむることが出來る。此の技を行ふには、敵に接近して、彼我の身體が相接觸する程にならなければ、十分に効を奏しない。其の方法は、我が左足を敵の右足の外踝に掛け、敵の脚を强く拂ふと同時に、我が太刀を敵の左頸筋に當てて强く押すのである。此の外、種々の方法がある。敵から足搦を掛けられた時は、敵の中柄、或は襦袢を捉へて立直るのである。又敵から掛けられた時も、前に突進すれば却つて敵を倒すことが出來る。決して後へは引かぬことである。又敵が足搦を掛けようとするのを察知した時には、却つて此方から掛けるやうにする。すべて足搦を行ふ時には、敵の身體が浮付いて、所謂死腰になつた時を見て掛くべきである。無理に試みる時は我が體勢を亂し、敵に乗ぜられのである。足に十分力を入れ、强く敵の脚に掛けなければならぬが、同時に腕で押す力が入らなければ役に立たぬ。 腕と脚と相伴つて掛くから、敵を顚倒させ、我が體勢も崩れることなく泰然たるを得るのである。

— 高野佐三郎